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フォトエッセイコンテスト 第7回 「わが家のお仏壇物語」入選作品

メイクリーン賞 「私を支える仏壇」 宮本典子(徳島県・58歳)

メイクリーン賞 宮本典子

子どもの頃、父の会社の社宅に住んでいたので私の家に仏壇は無かった。
祖父母の家には仏壇があって、それは何となく怖いものだった。
子どもながらに、そこには死者に関する何かがあると感じていたのだろう。

30年ほど前に父が亡くなって、仏壇がぐっと近く生活の一部になった。
大人になっていたこともあるけど
母が選んで買い求め、父を祀ってある仏壇に怖さは無かった。
が、父はこの世のどこにも居ないという持って行き場の無い淋しさがあった。

その仏壇は我が家の居間にこの家の主のように置かれていた。
それから母と2人、何かあると「なぁ、お父さん」と仏壇に語りかけながら暮らしてきた。
仏壇はいつの間にか悲しみの対象でもなくなり、父の代わりになっていた。

昨年の初秋、母が体調を崩してたった1カ月の闘病で旅立って行った。
日本人の平均寿命になっていたし、ほとんど苦しむこともなく、
「延命治療はするな」「良い人生だった」という言葉を残して…。
他人は「お母さんは良い死に方をしたね」と言ってくれる。

そして位牌になった母は、自分が買った仏壇の中に祀られている。
父の位牌と並んで置かれた母の位牌を見ると、今はまだ心が痛い。

一人、残された私はいい年をして
淋しさを紛らわすペットの代わりに人形を買った。
父母を祀ってある仏壇の横にその人形たちはいつも居る。

母の一周忌の法要が終わり、仏壇の横に人形たちを戻し写真を撮った。
その写真を見た友だちが「お人形もお供えみたいだね」と言った。
出かける時「仏壇を守ってね」と人形に言って行くけど、お供えっていうのも良いな。

今、私を支えているものは父母が残したさまざまのもの。
それを象徴しているのが仏壇なのかも知れないと思う。

恐怖の対象から悲しみの対象になり、今は心の拠り所になっている仏壇。
日本人がなぜ仏壇を大事にするのか、やっとわかった気がする。

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