業界が忘れている「当たり前のことを当たり前に」という姿勢

 石川県美川仏壇産地の北島仏壇製作所は、十一月九日付けの北國新聞で「真実はその内にあり」という全面カラー広告を出した。
 北島仏壇製作所の新聞広告は毎回、朴訥ながらも真実を訴える広告であり、今回は次のような一文を掲載した。
「(前略)美川仏壇には、クサマキ、ヒメコマツ、イチョウなど、ネジレがなく虫に強い木材が使われています。しかも、これらの木材は、木を伐採して二〜三年、さらに製材して半年から一年掛けてゆっくりと乾燥させたものでなければ木地の材料として使うことができません。仏壇造りには手間と暇が掛かるものです。
 人は誰しも弱いもので、ついついこの手間と暇を省きたくなるものです。これだけ乾燥に時間が掛かるなら合板(ベニヤ)を使おう。塗っては研ぎ塗っては研ぎ大変手間隙のかかる仕事だから、いっそのこと化学塗料でシュッと一噴きに塗ってしまおう、と考えてしまいます。さらに進めば、よそで造った仏壇を仕入れて売ればもっと楽ができる、と考えてしまいます。そして、いつの間にか伝統工芸の仏壇と称して、または、伝統工芸との違いを説明せず、他県または外国で大量生産された仏壇を売るようになってしまうのです。
 しかし、伝統工芸と名のつく以上これではいけません。人が見ていなければ判らない、判らなければ何をしても良いのではなく、人の見えないところにその真価があり、それを大事にすることが伝統職人の道だと信じています」
 広告には木材乾燥の写真を大きく掲載して「ご注文の際、お客様に必ず素材を確認していただきます」と宣言。さらには「新作仏壇価格明細」と題して「木地代・漆代・金箔代・蒔絵代・金具代・彫刻代・仏具代・人件費」と五十代の仏壇の価格構成内容を明示している。
 金仏壇が販売される地域では「製造小売」「職人の店」ということが金看板になるが、お店の規模が大きくなればなるほど、看板と内容は乖離するというのが現実だ。仕入れ商品が多くなればなるほど、自分の販売している仏壇の内容は分からなくなる。
 それが悪い、と言っているのではない。しかし、チラシで伝統工芸の技を連想させる職人の写真などを出せば、お客様の中には全ての商品が、そのような伝統工芸の製品だと勘違いする人もいるだろう。
 国産か海外産かという議論がここにきて継続的に行われているが、海外製品と内容が全く同じ国産品に「国産品」としての価値がどれだけあるのだろうか、という疑問はある。それで国産が高ければ、海外産が売れるに決まっている。商品が売れないのは「高いか悪いかのどちらかだ」ということは当然の理屈だ。国産仏壇が価値があるのは、そこにその国内メーカーならではの技術やサービスが付加されるからだ。
 国産仏壇にとって必要なのは、その価値を正面からアピールできるだけの内容だ。そのためには「どこの誰がどのようにして作ったのか」という情報を仏壇に加えて販売する必要があるのではないだろうか。
 それは全く簡単な販売方法だ。シンプルこの上ない。何かを隠す必要も全くない。
 国産表示議論がここにきて盛り上がっているが、全宗協という組織でそうしたことが今更ながら真面目に議論されることも、考えて見ると変だ。これだけ名門店が揃っていて、今までどのように仏壇を販売していたのであろうか。
 北島仏壇製作所の広告は、シンプルで誰がみても分かりやすい。三百万円の仏壇を二百万円にするという広告はお客様に「一体元値はいくらなんだ」という場合によっては不信感を与え、とても複雑な印象を与える。
 業界の将来のためには、当たり前のことを当たり前にする、という姿勢が必要だ。
 シンプル・イズ・ベスト、ではないだろうか。 (01/12)

仏壇評論家・住田孝太郎

トップページ