| 誰の為の産地表示? 本当に怖いのは「風評被害」 「産地表示は必要だが、産地表示が製品価値の全てを決めるわけではない」 国産であることを示す表示が今日ほど信頼できない時代はない。国産牛といわれても、それが本当に国産牛であるのか、有名産地の地鶏と言われてもそれが本当に有名産地の地鶏であるのかどうか、その真偽のほどの見分けは産地表示だけでは分らなくなった。 二月号の一面でお伝えしたように、全宗協で国産表示についてのガイドラインが示された。産地表示をする場合にはこの全宗協のガイドラインが一応の目安となる。 一方、仏像や仏具類については、産地表示に対して取り組むという話しを聞いたことが全くない。 在家用仏像のほとんどは中国で製造されているが、産地表示の必要が何故議論されないのだろうか。第三者的に見れば仏壇だけ産地表示が必要で仏像仏具について議論されないのは、おかしなことだ。 産地表示実施を自慢する店もあるが、在家用仏像や仏具についてはお客様に告知しない店が大半だろう。 ◆ 小売店側としては、仏壇の産地表示などしたくない、という意見も多い。 業界で流通する仏壇のすでに半分が海外製品になった現在、仏壇店によっては展示仏壇の大半が海外製品という場合もある。そうした仏壇店が産地表示をすれば展示商品の中に国産品を探すことが難しい、という笑えない状況も出現する。 逆に産地表示を必要と考えるのは、国内のメーカーであり自家製造小売の仏壇店だ。そうしたメーカーや小売店にとって、海外製品があたかも国産製品のようにして販売されるのは耐え難い状況だ。 海外製品の流入によって国内の産地の職人はここ数年でさらに厳しい状況に立たされている。そうした厳しい状況を打開するためにも産地表示は必要と考えるメーカー・職人は多く、その意見には納得させられる。 加えて、海外製品を多く取り扱う大手小売店と競合する小売店にとって産地表示は営業戦略のひとつとなる。 仏像はほぼ百%が海外製品であり、そのような製品群に対して産地表示しても小売店にとっては益はない。対比する国産品があればこそ益になる。 仏壇で産地表示を行うのは多分に国産品を販売する目的のためだ。産地育成保護のためにはそうした姿勢を持つ小売店が数多くある方が望ましい。 ◆ 産地表示の意味の中には「日本産のものが優れた製品」という前提も含まれている。国産品表示が付加価値のひとつになる、と考えている業界人も多いはずだ。 牛肉の産地表示も産地名によって付加価値を高めている。松阪・神戸・米沢などの名前がつけば、それだけで高級な牛肉と理解される。本物の松阪・神戸・米沢の牛肉は希少性からいってもそれだけの付加価値がある。 しかし、高級和牛、もしくは和牛という表示だけではもはや商品の内容が分らないと感じる消費者は多いことだろう。 仏壇の国産表示はどれだけの信頼性をお客様に与えることができるだろうか。 問題のひとつは国産製品と海外製品の製品価値が逆転している製品も随分とあることだ。価格と製品のバランスを考えれば、海外製品が国産品を圧倒しているという分野もある。 その最たる例が在家用仏像だ。仏壇も普及品では言うまでも無く、中級品クラスでも国産品と肩を並べる製品が随分とある。 つまり国産品表示をすることで、全ての国産品仏壇の付加価値が高まるのではないということだ。そこにジレンマが生まれる。 ◆ 国内で作られる製品に関して言えば本当に必要なのは「作り手の顔の見える表示」ではないだろうか。 小紙では何度もこのことを主張しているが、伝産指定を受ける金仏壇や高級唐木仏壇に関しては、特にそのことが必要だ。 作り手の顔が見える、という点で言えば石川県美川町の北島仏壇製作所のチラシが参考になる。 二月二十四日付けの北國新聞では「点滴石を穿つ」というテーマで見開きカラーの広告を実施しているが、そこで大きく取り上げられているのが金具職人の明正紀栄宣さん。 「一本の仏壇に約百二十から百四十点の金具が必要です。一生懸命頑張っても、一年間に仕上げられる金具では約五十本分の仏壇しかできません。よって美川佛壇は、年間五十本以上造ることができないということになります」というのが明正さんの紹介文。 また、次のようなメッセージが付けられている。 「現在の大量生産された仏壇には、漆は化学塗料、木地は合板(ベニヤ)、金具は機械打ち(プレス)金具が使われ、残念ながら先人たちの伝統技術を見ることができません。このようなことを続けていれば、百年後には職人はいなくなり伝統技術は消えてなくなります。美川佛壇には今も真鍮板を鏨で一打ちずつ仕上げる『手打ち金具』を使っています。それは、伝統工芸を謳うからには、安易に機械に頼らず手造りすべきであり、伝統技術を絶やしてはならない責任があるからです」。 伝産産地の中には地彫り金具に相当する電鋳金具の使用を認めているところがある。何故かといえば、電鋳金具を使わないと仏壇が高くなりすぎるからだ。また、合板の使用が一部産地で認められているのも、材料の割れやコスト面からの理由による。しかし、高くなりすぎるのは、原価に対しての小売店の儲けが多すぎるという側面もある。 総天然木、漆仕上、総地彫り金具、磨蒔絵の中国製仏壇は造ろうと思えばすでに造れる状態にあることも忘れてはならない。 どこで製造されたのかということも大切だが、グローバル化した社会において製品自体が持っている価値の方がこれからさらに重要となる。 そのように考えれば、産地表示は必要だが、産地表示が製品の価値の全てを決めるわけではないということも自明の理だ。 国内産地は生き残る。それもそこそこの規模で生き残るはずだ。しかしメーカーの全てが生き残ることはできない。 付加価値は他者が真似することのできない知識と技術の集積によって生み出されるが、そうしたバックグランドを持つメーカーは小売店からではなく、消費者から必要とされる。だから生き残れる。簡単な理屈だ。 安く作ることもまた付加価値ということもユニクロの例を見ればよく分かる。 ◆ 大手マスコミが宗教用具の海外製造の現状を取り上げれば、業界の内情はすぐに多くの人の知るところとなる。 また、某ギフト屋が販売した伝産品が実は中国製品だったということで勧告を受けた事例を基にして、様々な事例を公正取引委員会は集め始めている。 狂牛病問題で我々が学ぶべき点は多い。また、小売店が「風評」により大きな被害を蒙ったことは肝に銘じなくてはならない。老舗といえども風評で土台が崩れることも忘れてはならない。 (02/3) 仏壇評論家・住田孝太郎 |
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