アジアの仏教美術展を見て

 今秋はアジアの仏教文化を紹介する規模の大きな展示会が東京と名古屋で開催された。
 東京で開催されたのが「インド・マトゥラー彫刻展」と「パキスタン・ガンダーラ彫刻展」(いずれも東京国立博物館にて十二月十五日まで開催)、名古屋開催のものは「アジアの心、仏教美術展」であり、こちらの方は二月十六日まで名古屋ボストン美術館(JR金山駅下車すぐ)で開催中だ。
 仏像は仏教初期教団においては全く用いられることがなかった。釈尊は紀元前四百年前後の人と言われているが(諸説がある)、初期仏教教団における礼拝の対象はストゥーパ(仏塔)であり、法輪・菩提樹・仏足跡などの彫刻であった。つまり釈尊の形に似せた像を礼拝するということは無かったということになる。
 仏像が出現するのは紀元一世紀頃、現在のパキスタン領のガンダーラ地方であり、釈尊在世の頃から四百年程度の時間差が実はある。一般的な学説によれば、この地方はローマ・ギリシャ文明の影響を受けており、仏像も鼻梁の高い外国人的な容貌のものだ。「パキスタン・ガンダーラ彫刻展」には口髭を蓄えたギリシャ風の仏像が数多く展示されていた。
 ほぼ同時期に仏像が出現したのがインド・マトゥラー地域であった。インド・マトゥラーはヒンズー教におけるクリシュナ(ヒンズー教徒に最も愛される神のひとつ)の生誕地であり聖地でもある。
「インド・マトゥラー彫刻展」で展示されたこの地で誕生した仏像も、ガンダーラ地方の仏像同様、やはり相貌が我々日本人の信仰とは離れたところにある。
「アジアの心、仏教美術展」ではこのようなアジア仏教が生み出した仏像の変容が理解できる。
 インド的なもの、チベット的なもの、中国的なもの、日本的なもの。同じ仏像でも受け入れられた地域で随分と違う相貌になるということが一目でわかる。実はこの違いこそが文化の違いでもある。
 アジアの東端にある日本は、時代ごとに様々な仏教様式を受け入れながら、それを日本的なものに変容させてきたが、今はどうであろう。
 海外製品とそれに圧迫される日本製品という構図ばかりが目立つが、仏教文化の興隆という点で見た時、文化の興隆を担っている製品は、海外製品には見ることのできない、日本文化の優美さ、雅さ、繊細さが際立っているように思える。
 どれだけよい材料を使っても、どれだけ技術を凝らしても、それが「文化」に繋がらなければ永遠性は宿らない。
 今年は海外製品の表示問題が全宗協の統一表示事業で稼動し始めたが、どこかそれが的外れであると感じる業界人も多いのではないだろうか。
 国産品=日本の仏教文化と胸をはって宣言できるような製品が数多く登場して欲しいと願う。 (02/12)

仏壇評論家・住田孝太郎

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