コンサルタントの話を聞きながら

仏壇が売れない、販売不振だ、販売をアップさせる良い方法はないものか、取材先でよく聞かれる事である。
 販売力アップ、売上アップのひとつの方法としてはコンサルタントに仕事を依頼することが挙げられる。
 業界で活動するコンサルタントとしては大手の船井総研がある。
 船井総研のコンサルティングの大きなテーマはチラシ作成や店内レイアウト、商品陳列、商品ポップの作り方にあり、研修会では「当たるチラシの作り方」が伝授され、実際のチラシ成功例が示される。
 チラシに関して言えば、自宅の新聞に入るチラシの中にも船井総研がコンサルティングしたと思われるチラシが入ることがある(船井総研から独立した人間が作った場合もあるだろう)。
 もしかしたら、船井総研にも様々なチラシ製作パターンがあるのかもしれないが、一目見て船井総研風のチラシと分かるほど、そのチラシ製作はパターンにはまったものがある(ワンパターン)。
 船井総研のチラシ製作の指導をしばらく受けていると、自分でもそのくらいのチラシはできる、と思う店も出てくる。しかし、自分で企画すると今度は売れなくなるということも実際には起こる。
 そのような失敗例を実際に見ていると、コンサルティングを受けながらも、チラシ作りの原理原則が全く理解できていないという場合が意外と多い。
 原理原則とは、チラシ上における製品の並べ方であり、セールスポイントの表現の方法であり、価格表示の方法、色遣いの方法なのだが、結局、コンサルティングを受けながら、受ける店の側はそのことを理解していないことが多いということだろう。
 どうして理解できないかと言えば、与えられることに慣れてしまい、自分では考えているようで考えていないからだ。
 当然、コンサルタントは様々な成功失敗事例を見ている上に、原理原則プラスアルファの見方を持っているから、話には説得力があるし、聞く方はただただ感心してしまう、ということも起こる。もちろんチラシ製作にあたっては、自社・自分の意見も反映されるが、結果として出来てくるチラシは船井総研風のチラシとなる。

 過日、斎藤清吉氏(明日香堂代表取締役)、日小田玄正氏(経営者教育センター)、柏原基氏(森正取締役・中小企業大学校講師)の講演を森正展示会研修会で聴くことができた。
 斎藤清吉氏ははせがわの新仏訪問営業を立ち上げた人物。日小田玄正氏も新仏訪問に関してのコンサルティングを得意としている。柏原基氏は小紙掲載の森正広告に連載を執筆中で、その語り口は非常におもしろい。
 さて、斎藤清吉氏と日小田玄正氏は新仏訪問について語った。葬儀後の家に訪問販売に行くことには心理的抵抗感があるが、ターゲットがはっきりしていること、仏壇の購買の多くが葬儀絡みで起こることを思えば、理にかなった営業であることは言うまでもない。
 両氏の話で共通していることは「あきらめずに一軒でも多く回ること」であり「家に上がってお経を読むこと」だ。あきらめずに一軒でも多く営業して回ることは、新仏訪問営業に限らずあらゆる営業について言えることだ。
 営業マンが祭壇の前に座り読経することに関しては、数社の仏壇店営業マンが同じ日に喪家を訪れ、読経の順番待ちをするという光景も出現するそうだが、大都市部よりも地方都市や農村部でより効果的な営業方法のように思われる。
 新仏訪問は仏壇店の営業方法としては画期的な営業手法であった。以前、仏壇販売はお客様の来店をじっと待つことを生業としてきた。それを営業、それも葬儀後の家に飛び込むなど、とんでもない営業手法であった。
 この営業手法が効果的な営業手法として広まったのは、仏壇を確実に販売できる営業手法であったからだ。「からだ」と過去形で書いたのは、依然として有効な販売手法でありながらも、その効果は薄れつつあるからだ。船井総研のチラシも数倍の効果で効果を上げた時代もあったはずだ。
 船井総研のチラシ広告に関しては、「価格競争を招いただけ」「ワンパターン」という業界内批判がある。同様に新仏訪問に関しては「仏壇という商品を死に直結させた」という批判もあるが、販売方法としては一定以上の成績を上げたことは確かな事実だ。
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 コンサルティングを受ける前に重要なことは、あなたの仏壇店としての哲学だ。
 仏壇が必要となった時に、「是非あの店で購入しよう」と地域社会の人々に思わせることはきわめて重要なのだが、そうなるためには哲学がいる。
 仏壇の必要不必要に拘わらず、あなたのお店はある程度地域社会から認知されているだろうか。「えっ? そんなところに仏壇店がありましたか?」と言われるようであれば、あなたのお店は失格だ。
 仏壇は仏壇店がどのように考えようと、やはり死をイメージさせる商品である。もちろん「死のイメージ」だけでは困るのだが、死に直面できる装置の素晴らしを我々はお客様に伝えなくてはならない。死があるから生は輝く。死があるから生を大切にしようという意識も生まれる。
 釈尊は苦しみの根本が無明の闇にあるとした。その無明を生み出すのが死であり生なのだ。仏壇は死ぬということ、生きるということを考えさせてくれる大切な装置であり、それがあることにより我々の生活は奥行きのあるものとなる。
 仏壇が日本の社会から無くなれば、日本人の生と死の秩序は失われ、そこから生み出される価値観が喪失され、日本人の心と生活は乱れるに違いない。
 そのように考えると、仏壇店は死を通して生の輝きを伝える重要な仕事を担っていることになるし、そのことが店舗のあり方や、営業の方法にも反映されなくてはならない。
 生の輝きを伝えるお店としての仏壇店がこれからの姿であるのならば、広告も価格と品揃えをアピールするだけではもはやお客様の心を掴むことは難しくなってきている。
 同様に新仏営業も訪問してお客様の家庭に上がり読経をするだけでは、営業の成績は上がらなくなってきている。
 また、新仏訪問営業に関して言えば、営業マンの人生の幅と奥行きが問われる。語るに足りる何かを持つためには、相当な人生勉強が必要だ。
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 仏壇販売を通して、あなたは何を伝えたいのか。
 チラシ広告は価格訴求と同時に、あなたの仏壇に託したメッセージを伝えなくてはならないし、外での営業はお客様の心理を読みながら会話を進めるサイコロジカル(心理学的)な営業でなくてはならない。サイコロジカルな営業であるためには、あなたが仏壇を通して、お客様の心がいかに癒されるかというメッセージを伝えることが必要となる。
 多くの仏壇店はよい「資源」を持っているが、それを活かし切れずにいる。自社が他店に比較して、どのような点で有利なのか、一歩先を進んでいるのかまず分析してみてはどうだろうか。誠心誠意のサービスという言葉もよく聞かれるが、誠心誠意はどのような具体的な行動として実践されているだろうか。そうしたことが「何を伝えるのか」ということに関わってくる。

 広告ということで言えば、ウィスキーの広告はしばしば人生を語るものとなる。ウィスキー職人の生き様や、それをグラスに注ぐバーテンダーのお酒の哲学、そして飲む人の人生が琥珀色の液体に映し出される。
 そのことを思うと仏壇店の広告は貧困なイメージ先行、と言われても仕方がない。
 例えば、斎藤清吉氏、日小田玄正氏、柏原基氏であれば、仏壇店の広告にどのようなメッセージとイメージを盛り込むことができるだろうか。

 一般的な仏壇店のイメージは暗い、入りにくい、とっきにくい、価格も敷居も高いというものであり、この逆を行けば誰にでも入りやすいお店となる。
 明るい店内(照度が高い)、清潔な店内外(掃除が行き届いている)、話が分かりやすい、価格の違いが一目で分かる、可愛いアルバイトの女の子がいる(これは余計かもしれないが、結構効果的だ)。なんだ、簡単なことだ。

 売上アップが難しい時代であるが、心の商品であるだけに、深く人々の心の奥底に染み渡る営業さえできれば、あなたのお店は確実に地元に根ざした素晴らしい存在となることができるはずだ。 (03/5)

仏壇評論家・住田孝太郎

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