仏壇仏具製造現場の変化


 日本の教育制度問題に関してのNHKの番組を年末に見る機会があった。
 番組は国連機関が行った、約四十カ国の高校生へのテスト結果をテーマとして進行。テストの内容は単純な計算問題ではなく、物事を考える能力を計るもので、日本は八位にランクされた。ちなみに一位はフィンランド。ドイツは二十一位。
 第二次世界大戦後、日本とドイツは製造業で世界をリードしてきた。均一でレベルの高い労働力が製造業の発展を導き、国を豊かにしてきた。
 ドイツでは今回の「二十一位」という結果にプライドを傷つけられ、国内で大きな議論が巻き起こったそうだ。優秀な国として自他ともに認めてきた国だけにどうして「二十一位」という結果になったのか。
 ドイツの教育制度では十歳で将来の進路が決定される。小学校四年生で、大学まで進学できる人、専門学校に進める人、そして職業訓練学校に進む人が決定する。日本はあらゆる段階で、全ての人に機会が与えられているが、ドイツでは職業訓練学校に進むことが決まった人の多くは、その後の人生に対して努力しなくなるという。今回のテストでは、そうした階層の人たちの点数の悪さが、ドイツ全体の結果の悪さを生み出した。
 ドイツと言えば職人の国で、職人はマイスター制度によって手厚い待遇を受けているという印象があったが、現状ではそのような制度も印象も崩れかけている。
 その原因のひとつは、東欧やアフリカ、中近東から多くの移民がドイツで生活するようになり、低賃金労働が彼等に奪われ、ドイツ人の失業率が増加したことにある。職業訓練学校を卒業したドイツ人の多くは就職を保証されなくなり、そのことがやる気の喪失につながっているという。
 こうした移民による社会の不安定事情はフランスやイギリスでも共通していることだろう。
 また西欧では、日本では消滅したカースト制度にも似た階級制度(例えば貴族制度)が厳然として残っており、職人の家に生まれたら職人に、貴族の家に生まれたらアッパークラスの生活を、という現実がある。小学校四年で将来の進路を決定するというドイツの発想は、そうした社会制度が生み出したものだろう(番組ではそのことについての解説は無かったが)。
 フィンランドの教育制度の特徴は「生徒に考えさせるシステム」と「優秀な教師を育てるシステム」がしっかりとしていることだ。丸暗記ではなく、物事を解決させる能力を育てる。
 問題が起こった時にそれを解決する能力は、実は生きて行く上で最も重要なことだ。その解決方法は時代や場所、そして人など、様々なパターンで違ってくる。過去の解決方法がこうであったから、現在でもその解決方法が通用するとは限らない。
 そして日本の教育システムだが、難しい問題は先送りにするという特徴があるという。テストのテクニックとして、簡単な問題を先に解き、難しい問題は後回しにする。
 言われて見ればなるほどその通り。東大出身の官僚は困難な問題を常に先送りにした結果、停滞する日本の現在を生み出した。
 番組中、印象に残ったのが「高卒の求人は十年前には百六十万人あったのに、現在では十六万人しかない」ということだ。これは何を意味しているのか。すなわち低賃金の労働力を国内に求めるこ必要が無くなったということだ。
 製造現場で「すでにあるものを単純再生産」することは、すでに賃金格差のある中国や東南アジアに奪われ、日本全体、世界全体の産業構造が変化した。仏壇仏具の製造の変化はそうした中で起こりつつあることに他ならない。
 販売面でも変化は起きつつある。それは家族形態や住宅事情の変化、仏壇への視点の変化の中で生まれている。宗教に対しての視点も実はイラク戦争などにより、大きな影響を受けている。
 冒頭で述べた国連機関のテストでは、「回答のない問題」もある。厳密に言えば、回答者が自信をもって述べる回答が回答であり、無数に回答パターンがあるということだ。
 業界が直面する様々な問題に対しては、これという回答がなくて当たり前。大切なのはその問題を抱える当事者が、考え抜いた回答を持ち、その回答に対して批判を浴びようと自信をもって貫くことだ。
 そのことがお客様に対しての、仕入れ先に対しての誠実さにつながる。 (04/1)

仏壇評論家・住田孝太郎

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