お寺はクリスマスをするのか

 浄土真宗の寺の孫が「ねぇおじいちゃん、クリスマスツリーを飾っていい?」と住職に聞けば、「それはできないんだよ。浄土真宗の教えでは」と孫に対して浄土真宗の教えを説明するのだろうか。もちろん浄土真宗の寺の孫のもとにはサンタクロースは来るはずもない。朝起きて枕元にプレゼントが置いてないクリスマスの朝を経験しながら、真宗寺院の子供は真宗の教えを学んで行くということになる。知り合いの真宗寺院出身者は魚釣りや虫取りを堅く禁止されていたというぐらいだから、真宗寺院はクリスマスをするわけがない。
 揶揄するわけでないが、子供にとってクリスマスは大きな楽しみであり、真宗に限らず仏教寺院の家に生まれた子供のクリスマスがどのようなものであるのか、個人的には興味がある。
 知り合いの仏教ファンは、自分の子供を寺が経営する幼稚園に入れようと考え問い合わせたところ「うちの幼稚園はお寺ですが、クリスマスもしますので」という一言を聞いて「節操がない」とやめてしまった。
 現代のクリスマスは商業的な行事で、宗教的な意味はあまりないと考えている業界人が多いのではないだろうか?しかし、キリスト教が仏壇業界に対して与えている影響はかなり大きいものがある。
 仏教の教えに対して日本人が魅力を感じてきた理由のひとつは、それが外国からの文化と一体化していたからだ。仏教が初めて日本にやってきた時には、金メッキを施された金銅仏に惹かれ(それまでは土を焼いた埴輪文化だった)、東大寺建立の時にはインドからやってきた僧侶によって開眼が行われた。平安時代にはインド伝来の護摩の神秘性に惹かれた。鎌倉時代には今の北鎌倉周辺が禅僧の来朝により中華街と化した。室町時代になると禅僧は漢文に達者なことから中国からの輸入業務に活躍。江戸時代には隠元がやってきて満福寺を建立。明朝禅宗の文化を伝える。
 つまり仏教は江戸時代初期まで常に外国から輸入されきた文化としての輝きを放っていたということだ。
 また、海外から次々と新たな仏教が伝えられることにより日本の仏教界は活性化してきたということも忘れてはならない。
 江戸時代初期以降、海外(それは具体的には中国であるが)からの仏教の刺激がなくなり日本の仏教はどのように変化したのかと言えば、民俗化そして土着化だ。
 民俗化・土着化ということは生活習慣の中の一部となってしまうことを意味するが、民俗化・土着化することで仏教は広く日本に広がり、人々の間に定着した。その一方で、教えそのものに対して魅力を感じることは希薄になった。
 近所の高校ではクリスマスにあたってサンタの前に賽銭箱を置き、「サンタ明神」としてお祀りし募金を行っている。日本が七世紀から行ってきた「神仏習合」という覆水流が、なんと現代の高校で湧き出しているのだ。
 ただし神仏習合は日本だけの現象ではない。クリスマスでさえ、実は古代から伝わる冬至のお祭りをキリスト教が取り込んだものというのが本当
のところだ。
 隠元以降最大の海外からの宗教的刺激が実はキリスト教であるが、そのキリスト教の土着化もじわりと広がって行くだろう。

仏壇評論家・住田孝太郎

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(2006年01月)