| 柳宗悦が見出した仏具の美
民芸という言葉から、あなたは何を思い浮かべるだろうか。全国各地の様々な工芸の特産品が思い出されるのではないだろうか。
この民芸という言葉を提唱し、ひとつのジャンルとして打ち立てたのが柳宗悦(やなぎ・そうえつ 一八八九〜一九六一)だ。
柳宗悦はそれまで振り返られることの無かった、日常の民具の中に美を見出し、それを「民芸」と名付けた。民芸という用語そのものは、大正十五年頃、浜田庄司(陶芸家)や河井寛次郎(陶芸家)との相談の中で生まれてきたというが、柳宗悦は全国を歩きながら、無名の職人達が作り出す、優れた作品を見出し、一冊の本にまとめた。それが『手仕事の日本』(現在は岩波文庫に収録)。
「古くから東洋の教えは、先祖を尊ぶべきことを説きました。そうして家々には厨子を設け、先祖の霊を祀る風が行われております。これが東洋における一つの道徳となっていることは皆さんもご承知のことと存じます。実際吾々が今日こうやって活きているのは、先祖のお蔭であって、吾々の智慧も経験も生活も思想も、多かれ少なかれ、先祖から受け継いでいるのであります」
「ある時はずるい作り方を覚えたり、上べだけよく見せかけることなども考えました。儲けることに熱心になると、とかく正直な仕事を忘れます。一般に売っている品物は、多くはそのための粗末なものになって来ました。今では本当の正しい品物を見つけることの方が、むずかしくさえなってきました」
柳宗悦にとっての民芸は先祖から受け継いできた伝統のもので、なおかつ正直・誠実なもの、ということになる。
『手仕事の日本』では、全国各地の職人の手仕事、すなわち民芸が紹介されているが、仏具も含まれており、文章と染織家・芹沢_介の版画により紹介されている。
挿絵としては「東京・過去帳台」「加賀金沢・仏飯台」「京都・仏器台」「京都・二宮」「筑前西新町・御宮」「肥前熊本・仏器」などが掲載されている。つまり、大きなのより、小さなものに視点を合わせていることになるのだが、「肥前熊本・仏器」と言われて、あなたはどのような仏器を思い浮かべるだろうか。本文で柳宗悦は「漆器では熊本で売っていた仏器を想い出します。形も塗りもよく、いわゆる『地出来』の味の濃いものであります」と解説する。
本文で紹介されているのは山形市銅町・仏器、鶴岡市・仏器、雄勝郡川連町・仏器、京都・仏具類、桑名・赤蝋燭など。
京都の仏具については次のように論評している。「真鍮製の燭台とか仏飯器などには雄大な感じさえするものを見かけます。あるいは漆器の経机や経箱、過去帳、または応量器だとか香炉台だとか、あるいは過去帳台とか位牌だとかに、しばしば優れた形や塗りのものに廻り会います。いつも伝灯の深さが後に控えます」
柳宗悦はよほど、仏飯器という存在が好きだったとも思えるが、仏飯器に美を見出すことがあなたは果たしてできるだろうか。(次号に続く)
仏壇評論家・住田孝太郎
トップページ
(2006年09月) |