| 先祖が魅入られた仏教の呪術性
仏教は日本が生み出した宗教ではない。インドで生まれ、中国に伝わり、さらに日本に伝わってきた。聖徳太子の時代であれば中国より伝わったというよりも、韓半島から伝わったという表現の方が正しいかもしれない。
しかし、あなたは仏教が外国から伝わってきた貴重な文化であると感じたことがあるだろうか?実は私たちの祖先は仏教を外国からの貴重な、そして輝く文化として感じていたはずだ。だからこそ、仏教に対しての信仰が生まれたとも言える。
日本に仏教が伝わったのは六世紀の半ば、聖徳太子の時代から約半世紀前のことだったが、金メッキされた鋳造の仏像を見て日本人は驚愕し、「人の形をした上に、キラキラと輝いている」と一瞬にして、仏教文化に魅入られる。当時の日本は素焼きの埴輪の時代の中にあり、造形として人の形を表現した仏像、加えて金色に輝いているということ自体が大きな驚きだった。
その時のことを思うと、日本人は宗教としての仏教よりも、文明としての仏教に惹かれたということがよく理解できる。仏教を取り入れることはアジアの文明圏の中に入ることであったし、鋳造・絵画・建築など様々な技術とワンセットになった仏教は、明治維新の時の西洋文明の輸入と同様の意味を持っていた。つまり、モダンでクールな文化が仏教という時代が、かつては存在していた。
仏教が日本に伝えられた後、日本では伝来の宗教観を持つ一派と新来の仏教を支持する一派の間で抗争も起きる。そして最終的には仏教を取り入れていこうという方向が打ち出されたことは読者の皆さんもよくご存じのことと思う。
では、何故崇仏派が勝ったのか。
その理由のひとつは仏教が持つ呪術力がより高かったことにある。つまり、病気の時のまじないや、五穀豊穣の祈り、敵を降伏させる力がより優れていると仏教は評価されたのだ。
実際のところ信仰はこの呪術力という点を抜きにして語ることができない。ところが、医学などが発達した現在、呪術の力はほとんど評価されるところがない。信仰の一つの柱である呪術力が薄くなれば、信仰も当然のことながら薄くなる。
現在、私たちが接している仏教は知的な仏教だ。呪術を語ることは、真宗では堅く禁じられているが、宗教の復活は、大枠で言えば呪術力の復活がなければ不可能だろう。
ごく近い時代であれば創価学会が唱題という呪術的な行により、大きな発展を遂げた。言うまでもなく蓮如の本願寺教団は念仏により大発展を遂げ、信長という政治的軍事的力と対抗するだけの宗教的高揚を見るが、そこで出現していたのは浄土往生を可能とする念仏という呪術だ。
呪術が古い時代のように信仰されることはないだろうが、呪術も違った面での評価は必要だ。
知的であるが故に仏教の魅力の側面が失われているということはないだろうか。
知的に仏教を語ることがいかにも現代的な仏教のように感じる向きもあるだろうが、人間の生き死にを反映する宗教は、もっと生々しいのではないだろうか。
今求められていることは、違った視点で評価する、潜んでいる価値観を評価するという作業だろう。
仏壇の魅力の再発見が必要な時代だ。
仏壇評論家・住田孝太郎
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(2006年11月) |