| 曾野綾子さんの「貧困の光景」を読んで
以前、様々な理由があってカトリック教会の求めに応じて寄付をしたことがある。その寄付は南米アンデス山脈の教会経由で、その地の学校建設のために使われた。後日、その教会のシスターが来日した時、寄付をしたということを理由に、シスターの「お礼講演会」に出かけたのだが、それにしてもカトリックの世界ネットワークは凄いものだと感心した。
仏教でもそのような組織があるだろうし、ボランティア活動に励む僧侶もいるだろうが、
カトリック教会が世界中の人々から愛される理由のひとつは、たとえばシスターとして無償でその地の人々を救うために一生を捧げる女性が無数にいるということだ。もちろんそれは尊敬にもつながる。
もちろんカトリックにも堕落や腐敗があるだろう。しかしマザーテレサのような聖女があらゆる貧困地域で活動しているということが、カトリックとしての存在理由になっている。
今回紹介する曾野綾子さんの『貧困の光景』の冒頭には次のように書いてある。
「日本人の(あるいはアメリカ人の)考える貧困を救う方法はあまりにも観念的で、貧しさの本質に迫りにくい。そのことは実は私も同様である。温かい寝床に寝て、充分に食べて、病気になれば医療機関も利用できて、貧困を知らないのである」
曾野綾子さんはカトリック作家として知られているが、本書は曾野綾子さんが設立した「海外邦人宣教者活動援助後援会」を通じた寄付活動の一環として世界の貧困地域を回る中での見聞がまとめられているが、世界中で日本のシスターが頑張っているというということも驚きだ。
信仰心とは一体なんだろうか。先祖から受け継いだ命を感謝するとは一体どのようなことなのか。
曾野さんは次のように言う。
「最近になって、日本では『格差社会の出現』が大きな問題として取り上げられるようになった。(中略)しかし日本においてその差は、世界的レベルから見ると僅かなものである」「荒野が否応なく人間を創り、人間の発見につながるという一方の事実と、潤沢がしばしば人間性を腐敗させ、崩壊させるという皮肉に、私もまた正直なところ、いまだにうまく適応できないでいる。」
正しい仏具の配置を説くことだけが仏壇店の仕事ではない、ということは言えそうだ。
仏壇評論家・住田孝太郎
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(2007年3月) |