「先祖になる」という信仰

 これまで全く語られて来なかったことだが「先祖になり祀られること」「先祖になること」が、江戸時代以降、日本人の信仰の大きな柱となってきたのではないだろうか。「先祖になる」ことで死に対しての恐怖感が薄らぎ、常に子孫と繋がることができるという安心感が生まれる。
 そして、その信仰を支えてきたのは仏壇とお盆などの行事に他ならない。
 この点に関しては江戸期の資料をさらに調べ、日本人の信仰の歴史を探らなくてはならないが、「先祖になる」ことそのものが日本人の信仰の核になってきたのではないだろうか。
 現在、業界が「信仰が薄くなった」と感じる最大の要因は、先祖観が薄くなったことにある。この先祖観がどのように変化するか、ということが仏壇市場の今後を決定付けることになる。
 そして、先祖観を大きく左右するのがお盆のあり方だ。何故なら、お盆ほど先祖供養の意味を伝える行事は無いからだ。
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 宗教とは何か、信仰とは何か、ということを定義付けることは実は難しい。一般的に言えば、極楽に往生するという浄土への願いと、現世利益的願いが信仰の大きな二本の柱であるが、いわゆる八宗仏教における信仰や信心の定義は難しい。もちろん浄土系教団の場合には極楽への往生が最終目的になり、密教系では即身成仏、禅宗では悟りを開くことなどが目的になるのだろうが、即身成仏や悟りを開くことなどは、やはり出家者のものであり、在家者のものではない。
 また、八宗の仏教では霊に対しての説明が難しいという一面があることを忘れてはならない。それは多くの新興宗教が「先祖の霊の実在」を説くことを思えば対照的でもある。
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 来世観は仏教に限らずあらゆる宗教にとって、きわめて重要だ。「死んだ後にどうなるのか」という疑問に応えるのが来世観であるが、例えばあなた自身、どのような来世観をお持ちだろうか。例えば「死んだらなにも無くなる」という考えであれば、仏壇は追悼の場、思い出の場、表面的な癒しの場としては機能しなくなる。であれば、どれだけ優れたデザイン・素材の仏壇であったとしても、仏壇の意味は大きく削がれる。
 寺院側もまた来世観を説くことに対してはあまり積極的ではない。正しく生きることを分かりやすく説くことに注意が払われることは多いが、来世の様子を説かれることが果たしてどれだけあるのだろうか。
 もちろん来世観(死後の世界)など、あまり聞きたい話ではない。楽しく生きる、有意義に生きる、悩みなく生きるといった現世の話しを聞いた方が楽しいに決まっている。
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 江戸時代に我々の先祖は脱宗教化を果たしていた。それは幕末日本に来航したペリーの回想などによって指摘されることだが、ここで言う脱宗教化とは寺院の地位や権力が欧米に比べて低いということだ。
 宗教によっては日々の生活までを大きく制限することがある。例えばイスラム教の女性がベールを常に被ることを義務づけることが制限なのだが、日本ではそのような制限が少なかった。加えて多神教のために、信仰の焦点がはっきりしないことが脱宗教化の大きな要因となった。つまり一つの宗教に縛られ、日常生活までを制限されるということがあまり無かったということだ。むしろ生活の中での宗教は「バチが当たる」「お天道様に申し訳ない」という言葉で象徴されるものであったり、俗信に類するものが多いのが特徴であった。
 そうした中で、日本人の信仰としてもっとも焦点がはっきりと合い、輪郭が明確であったのが先祖信仰であったに違いない。冒頭で述べたように、それを支えたのが仏壇だ。
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「先祖になる」ということは「自分の死後、子孫が祀ってくれる」という事に他ならない。それは自分の代での資産を家族が継続することを意味する。その継続こそが江戸時代には大切なものとして考えられた。それは「個人の資産」が拡大した時代だからこその現象であった。
 江戸時代以前、「持仏堂」と呼ばれる個人の「寺院」はあったが、それを持つ者は大きな権力と財産を持つ者に限られていた。
 江戸時代に入り戦乱の心配がなくなり、農業技術の革新(農具や肥料の核心)が行われ、新田開発が全国規模で行われる中で個人は資産を持つようになり、現代に見る「家族」それも「核家族」が登場することになる。
 江戸政府は生活の徳目として勤勉倹約を説いたが、先祖から受け継いだ財産などを次世代に引き継ぐことも大切な徳目となった。財産の目減りはご先祖様に対して申し訳ない、ということになる。先祖は、生活の基盤を築いてくれた大切な存在である、という認識がこうして江戸時代に広がる。
 そして先祖を祀ることと同時に、自分自身が先祖として祀られることも認識されるようになった。それは冒頭で述べた「先祖として祀られる」という信仰だ。先祖は自分達を護る存在であり、自分自身も先祖となり子孫を護るという信仰だ。
 こうした時代背景の中で江戸時代初期に当たる元禄時代以降「第一次仏壇ブーム」が起こる。それは先祖供養ブームという側面を持っていたに違いない。
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 盆提灯はインテリア性の高いものであり、商品開発も仏壇を上回るものがあるが、「盆提灯を飾ることの意味」を想いながら販売した方が良い。それは「先祖になる」という信仰再確認することにつながる。

仏壇評論家・住田孝太郎

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(2007年4月)