磯野藻屑源素太皆をご存じだろうか。「いそのもくずみなもとのすたみな」と読む。名前の最後は「すたみな」すなわち「スタミナ」。源という姓からは源氏であることが分かるが、もちろん鎌倉時代の武士ではない。
 素太皆は食べることに才能があり、殿様の前でおはぎ(大福とも)を三十八個食べ、殿様から褒美を頂戴したという。つまり食べることに「スタミナ」があったということだが、その子孫が素太皆を祀る仏壇のお供えのおはぎを食べ、父から怒られる。大福好きはどうやら血統らしい。
 大福を盗み食いするのは磯野カツオ、父とは磯野波平。つまりサザエさんの磯野家祖先が磯野藻屑源素太皆その人である。
 磯野藻屑源素太皆は天保三年(一八三二)生まれで、波平さんの曾祖父と言われている。登場する時には必ず裃を召して、仏壇の中から登場する(夢枕に立つこともある)。その上、波平さんそっくりだ。
 サザエさんの家(磯野家)には実は仏壇がある。その仏壇は造り付けで、日頃は観音開きの襖の奥に隠れている。大手仏壇店がスポンサーになれば、造り付けではなく、高級唐木仏壇(金仏壇)に変化するかもしれない。
 テレビ番組に登場する磯野藻屑源素太皆は、仏教的な成仏をしていない。なぜなら、カツオ君が失敗をしでかした時など、子孫が心配になって自分が生きていた時の姿そのままに登場するからだ。仏教的に成仏しているのであれば、仏の姿になって出現するのが正しいはずだ。
 サザエさんは日曜夜の長寿番組で、視聴率は二十%前後。今年のお盆・秋彼岸でも磯野藻屑源素太には是非登場してもらいたいと思うが、サザエさんを楽しみに見ている人たちは、仏壇から登場する磯野藻屑源素太皆を見て違和感を覚えるだろうか。
 磯野藻屑源素太皆の姿は我々に幾つかのことを教えてくれる。
 ひとつは、亡くなった家族や先祖が「この世の姿のままあの世で暮らしている」というイメージを我々は受け入れることができる、ということだ。
 もうひとつは亡くなった家族や先祖が「我々のことを見守る存在」であるということだ。加えて「この世とあの世は、亡くなった家族や先祖によって連続した世界になっている」ということだ。
 磯野家にとって磯野藻屑源素太皆は家族の一員であり、これが日本人の素直な祖先観ではないだろうか そそっかしい子孫を見て心配そうに登場する磯野藻屑源素太皆は、まるでこの世の人であり、思い切り未練がましい。
 しかし、磯野藻屑源素太皆が仏壇の中から見守っているからこそ、磯野家の人々は幸せなのだ。磯野家の日々の暮らしはまるでこの世の浄土のようだ。ニコニコとして、人に優しく、ゆったりと生きている。
 そう言えば、クレヨンしんちゃんの家には仏壇がまだない。しんちゃんそのままの先祖を番組に登場させてみたいものだ。がまだない。しんちゃんそのままの先祖を番組に登場させてみたいものだ。

仏壇評論家・住田孝太郎

トップページ

(2007年7月)