米作農家の減少と金仏壇・浄土真宗

 米作農家の戸数が減少を続けている。一九六〇年に五百二十七万戸あった米作農家は八〇年には三百八十三万戸になり、一昨年〇五年には百九十六万戸となった。さらに減少が続けばいずれは百万戸を切るとも言われている。

 NHKは「日本のこれから・どうする私たちの主食」というテーマでの討論番組を放映していたが、米作農家は今大きな岐路に立たされ、またその岐路は米作農家に立地する寺院・仏壇店の将来をも左右することになる。

 戦前まで日本の産業構造は大きく農業に依存していた。昭和  年時点で全就労人口のうちの実に七割が農業であり、寺院経営も農家に頼るところが多かった。それは経営ばかりでなく、先祖供養を中心とする日本型仏教の基盤となっていた。

 農業は一子相続をすることで固定的な檀家制度を作り出してきた。先祖から受け継いだ家屋と田畑を守ることが家長としての大きな役目であり、子孫にとって先祖供養とは生活の糧を与えてくれた者に対しての感謝という意味を含んでいた。先祖に感謝するということは生活の徳目でもあった。

 しかし戦後、日本は農業国家から二次産業、さらには三次産業主体の産業構造となったため、長男といえども生活する場所は流動的なものとなった。加えて主食は米だけではなくパンも登場し、米食の比重は次第に下がる。そのことは米作農家減少の大きな理由のひとつだ。

 大枠で言えば米どころと言われている地域では浄土真宗が強い勢力を築いてきた。そして大型金仏壇の文化を育ててきた。新潟・北陸・東海・滋賀は浄土真宗の強い地域であり、大型の金仏壇が日常的に販売されてきた。しかし、大型の金仏壇は非常に売れにくい時代となっている。また、金仏壇そのものの市場占有率が低くなっている。逆にこの十年で伸びたのは唐木仏壇、さらにここ数年では都市型仏壇であり、金仏壇は唐木仏壇・都市型仏壇に需要を明け渡す状態が続く。それは米作農家をも含めた農家の比重低下を象徴しているようでもある。

 金仏壇の不振の一因は、米作農作の不振にある。米作農家戸数が二十年で半分以下になったことが金仏壇市場を狭めた。浄土真宗=農村地帯ではないが、金仏壇市場の地位の低下は米作農家の減少と無関係ではないはずだ。

 浄土真宗に限らず、どの宗派でも都市部の勤労者にどのように布教するのかということが大きな課題だ。都市部は今、大きな宗教的空白層となっている。それは蓮如の時代の農民という宗教的空白層、そして戦後創価学会が布教の対象した都市部の宗教的空白層と重なるものだ。

 農業に疎い私が論じるのは憚れるが、長く国の補助があり、農協の買い上げに頼っていた農家は、どこか寺院の体質に似ている。寺院も宗教法人としての様々な保護があり、その上競争を全く経験していない。崩れ始めると脆いかもしれない。
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仏壇評論家・住田孝太郎

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(2007年11月)