ご先祖様はきっと何かをしてくれる

 若い世代になればなるほど、お金に換算しなければ、物の価値を計れなくなっているという論評を昨年は随分と目にしたように思う。つまり自分にとって利益になるのか、為になるのかという価値が行動の基準になっているということだ。また、結果を早く求める傾向を強めている。

 もちろん中高年層にとってもお金やサービスという基準は大切であり、結果は早く出た方が良いに決まっている。ただし、お金やサービス以外の基準、なかなか出ない結果というのが世の常と耐える力、諦める力を中高年、特に戦前世代の方々は持ち合わせている。たとえば戦前を生きた方であれば、戦争や病気など諦めなくてはならないことが日常的に随分とあったはずだ。結核になれば紙を覚悟しなければならないし、戦争は全く抵抗のできないものであった。

 戦後の仏壇ブームを作り出してきたのは、そのような耐える力、諦める力を持った人々であったが、現在のお客様の大奥が自分の購買に対してお金に換算した価値を強く、それも早く求める人々になっていることを強く認識しなくてはならない。

 早く結果を求めたがるということは、計る時間がきわめて短いということだ。長くて三年早ければ明日、あるいは一時間後。こうした時間の単位だと、先祖供養は到底できない。

 先日、本紙連載中の如意輪寺木内堯央氏の母上である光子さんの話の中で「ご先祖様は何かをしてくれるのか」という話になった。それは氏素性や血筋のことについて話をしている中でのことであったが、「若い人は御先祖様が何かをしてくれるということが理解できないから、信仰が薄くなる」と言われる。確かにそうだ。

 因果、という視点がある。「親の因果が子に祟り」というが、先祖、親が子孫に対して大きな影響をもたらすまでには少なくとも三十年以上のスパンがある。先祖の力は直ぐには現れない。

「因果」という言葉はDNAという言葉に置き換えるとよく理解できる。例えば体質がある。病院に行くと親や親戚の病歴を問診されるが、それはDNAによって遺伝される体質を調べるためだ。

 浄土経典の「漢訳無量寿経」が非常に興味深いのは、先祖の因果を盛んに説くことだ。今あなたが貧乏、病気、争いなどにあるのは先祖の行いが子孫であるあなたに影響しているからだと説く。これは、単なる例え話ではない。人間が生きる原則だ。

 五十歳以上の仏壇店の店主の方で二代目、三代目という方は若い時に「儲かる時代」を経験している。それは先代、先祖が仏壇店を営んでいたからだ。

 先祖の影響は三十年、四十年を経て子孫の人生を左右する。先祖供養を行うことは、実は子孫によい影響を残すことに他ならない。自分にとって不都合な因果を残した先祖もいるだろう。しかし、あなたが子孫に良い影響を残そうと思えば、先祖供養をすることが必要となる。 

仏壇評論家・住田孝太郎

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(2008年02月)